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共感と真実

先日、ある専門家のお話を聴く機会がありました。 専門分野はマクロ経済、そして米国の政治・経済・金融に通じた方です。 経済全般の説明は当然に的を得たもので、事業に役立つサイド情報でした。 一番感じ入ったことは、SNSの本質を突いた分析でした。


偉そうにツラツラと書いていますが、感銘を受けましたので自身の言葉でお話しておきたいと思います。 他国のことを云々する箇所がありますが、特定の個人や団体を貶めることが目的ではなく、深層心理を説明したいためです。 その点、ご理解・ご承知置き願えれば幸いです。

番狂わせだった米国大統領選挙結果が確定した頃、内外を問わず評論家は政治や経済の混乱を危惧するコメント一色でした。 一年が過ぎてみると、政治の混乱というかスキャンダルは噴出しているのですが米国経済は堅調であり、我が国も潤っていることはご承知の通りです。 重鎮と呼ばれる評論家の方々の多くが、大統領支持層の心の叫びを的確に分析・理解できていない(見誤った)ことが原因であろうことはお気づきの通りです。

SNSを多用している人たち(グループ)は共通の価値観を持ち、トピックスに「共感」しあうことで絆を強固にしています。 その価値観の底流にあること(考え)が真実か否かは関係ないことであり、共感できることが大切であり、仲間になる為の必須条件です。 例えは適切ではないですが、我々が他愛の無い話しをすることは共感し合うために行うのであり、真実を探る(確認しあう)ために行うものではないですからね。

それ故、米国大統領を支持している人たちの忠誠心は高く、どんなスキャンダルが飛び出しても支持を続ける姿勢に変化はありません。 シニカルに表現すれば、政治が何もしなくとも、寧ろ何もしない方が民業は活性化するという結論が導かれます。 共感に重きを置くことは、共感しない考えや人たちには反感を持つことになりますから、よく言われている「社会の分断」は進むことを意味しますね。

海を隔てた島国の一国民たる私は何もできることはありませんが、誰にも阿ることなく、自然体で進んで行きたいと思っています。

ブーム

昨今は落語と日本酒がブームになっているようですね。 朝ドラで落語が取上げられていることからも明らかです。 日本酒はジャンルを超えた様々な雑誌などで取上げられています。


へそ曲がりの私としてはブームになると困ることの方が多いのです。 落語であれば、好きな噺家のチケットが取り辛くなります。 日本酒であれば、入手困難となりますからね。 つまり、一人でじっくり楽しむことが出来なくなることへの不満なのです。

でも、私が力を入れていても業界全体の売上に貢献することは皆無(屁のツッパリ)ですし、業界全体が潤って来ることを素直に喜ぶべきだと考えを新たにしています。 落語にしても、演じることだけで飯が食えるのは一握りの噺家さんです。 日本酒にしても、大多数の酒蔵の経営は青息吐息です。

私自身は一時のブームに流されず、ずっと応援していきたいと思っています。 寧ろブームであるときは一歩下がり、ブームが去ったあとに、積極的に応援をするように心掛けています。


課すこと

誰しも自身を律するため、大小さまざまなことを課していると思います。


私の場合、毎朝食事を摂ること、歩くこと、など生活パターンについて決めています。 仕事に於いても様々なことを決めています。 店長日記についても毎日(執務日は)書くことを課していますが、急ぎの仕事などが入ると100%は出来ません。 言い訳をしても意味をなさないので、この日は出来(しなかった)なかったのは「何故か」を思い起こすことにしています。

世の中には立派な業績を残している人がいます。 また、多くの人から尊敬されている人もいます。 この人たちは高い志を持ち、血の滲むような努力を継続した結果だと思っています。

自分自身は凡人であり、そして怠け者(癖)であることは十二分に認識しています。 せめて、自身に課したことが出来なかった日は忘れないようにしています。 そして、一番に考えなければならないことは、時間の使い方だと気付いています。 万人に等しく与えられた24時間を有効に活用するべく、常に微調整しています。

とはいうものの加齢に伴いミスが増えるし、微調整しなければならないファクターが増えているので困ったものです。

足跡

砂浜を歩いていると自分が歩いた足跡が残ります。 そして、波が打ち寄せたり風が吹いたりするとやがて消えていきます。 消えかかった足跡を見ると、どんな人たちなんだろうと思うことがあります・・・、どうでも良いことですが。


よく新聞や雑誌に著名人の人生を綴った記事が載ることがありますね。 公開されるのですから全てを曝け出しているわけではないでしょうが、生き様が読み取れますのでいつも熟読しています。 数日前より某新聞に、人気球団の一つで活躍した投手の記事が連載されています。 一匹狼でしたが頼りになる投手で、へそ曲がりの私としてはある種の憧れを持っていた投手です。

プロ野球選手はグランドでの結果(貢献度)次第で評価される訳であり、勤め人と異なり、結果が悪ければ次年度の契約は更改されずトレードされるか事実上の解雇となってしまいます。 偉そうな物言いですが、そういう世界(環境)に身を置いている方であることを理解しないと人物像を誤るかも知れません。 いずれにせよ自分が歩んできた足跡は明確に残るわけであり、辛いことですが、責任は自身で背負わなければなりません。 他人様がどう評価しよう(されよう)と関係ないことではありますが。

60年以上も生きていると様々なことを学びます。 外形的には如何なものかと感じる場合でも、それなりの理由があるのだろうと気付きます。 また、人生にはチャンスが複数回は来てくれることも体感します。 そして一番大切なことは、仮に誤ってもリカバリー出来る機会は必ず訪れるということです。 調子よくことが運ぶときには多くの人が寄って来ます。 逆に、調子が悪くなると多くの人は離れて行きます。 それだけに苦しいときに離れていかなかった人は生涯の友だと考えます。

2017年もあと数週間です。 振り返ると大したことは出来ていませんが、一年間の自分の足跡を想い起こして来年に活かしたいと思っています。

可視化

個人でも法人でも数値目標を立てることは必要不可欠なことです。 収入より支出の多い生活や事業経営をすることは長続きしませんから。 仮に支出超過になっているとすれば、如何ほどかを把握し、収入に見合って財布の紐を締めることになりますね。


いずれにせよドンブリ勘定やブラックボックスになっていると判断のしようがありません。 ので、少し前から使われている言葉の「可視化」を行います。 「可視化」をすると云うこと自体は異論は少ないでしょうが、実施するとなると様々な困難が予想されます。

料理人(職人さん)の世界でも「可視化」の有効性は認識されていますが、現場の反発(封建的?)があって実施することは簡単ではありません。 そんな料理人の世界、特に長い歴史のある和食の世界で「可視化」を実践している人がいます。 京都に本店がある菊乃井という料亭の主人、村田吉弘という方です。 菊乃井大全集というレシピを料亭内のパソコンで公開されているそうです。 提供された料理の全てのレシピを纏めたものだそうです。

菊乃井に籍を置いている職人さんであれば、いつでも閲覧することが出来るそうです。 調味料もグラム単位で記されており、調理方法も温度や時間なども具体的に書かれているそうです。 先輩から盗んで覚えよ!といったことは一切行わないそうです。 フード・プロセッサーなどの調理器具もいち早く導入し、機械で置き換えることができることは機械に任せ、現場の職人さんの労働環境を改善しています。

ご主人がそこまで「可視化」や省力化を進めている背景には、和食(日本料理)が絶滅しつつあることを懸念されているからです。 本当に守るべきものは何か? そして、放棄(置き換え)してもよいものは何か? を明確にして対策を打っています。 「可視化」することは自分の職域を曝け出すことを意味し、その貢献度合いが明らかになり、心地よくは無いでしょう。 でも、我々が治療を受けるときは事前に検査を入念に行い、施術や投薬を受けます。 命に関わる治療は「可視化」する訳ですから、日々の生活や事業経営も同様に進めたほうが結果は良くなるのでしょうね。

外貨両替(2)

週に一度は金融機関廻りをしますが、外貨両替ブースの表示に目を奪われるのは習慣から来るものですね。 自身が海外駐在していたり、日本側の輸出業務に携わっていたころは円高が殆どでしたのでほろ苦い思い出ばかりです。 日本からの旅行者(観光目的)にとっては円高は望ましいでしょうがネ。


昨日の続きですが、ターミナル駅周辺には外貨両替ブースが併設された支店が多いです。 それだけ多くの人が外貨両替をしていることを意味します。 米ドルとユーロが一番ニーズが高いようですが、欧州域内のユーロを使用しない国々の通貨も用意されています。 アジア諸国の通貨は、現地到着後、日本円から両替したほうが有利ですから国内で用意して出掛ける人は少ないでしょうね。

一方、中東湾岸諸国の通貨は事実上米ドルにペッグしていますから、私の場合、自宅に常時保管していた米ドル紙幣を持参して出張に出かけたことを思い出します。 人に拠っては外銀に口座を開設し、そこのキャッシュカードを用いて現地ATMで現地通貨を得ることもあるようです。 経済性と利便性、盗難リスクなどを考慮して各々が判断しているようです。

地球統一国家になれば外貨などは存在しませんが、そういう時代は到来しないでしょうから、効率化のためには外貨両替の運営システムを工夫したり、新しい概念を導入させることになります。 それにしても国内の外貨両替の手数料は高いです。 紙幣には偽造や盗難・焼失などのリスクがあり、これらを排除するためのコストが必要であることは理解しますが、何とかならないのかと思ってしまうのは私だけでしょうか?

外貨両替

先日、JR池袋駅周辺にあった某都市銀行の外貨両替ブースが一階から上層階へ移っていました。 都市銀行始め、多くの金融機関は立地の良い一階にあります。 自前でなければ家賃負担が大きいので、費用対効果の低いサービスはブースを移転したり、手数料を上げたりして対応することになります。


一昔前は外貨両替は渡航する前に不可欠でした。 30年前ほどはトラベラーズ・チェックなる小切手も持参していましたが、今や事実上絶滅しています。 クレジット・カードで済ませることが増えましたからね。 米ドルやユーロは国内で小額を両替することもありますが、その他の通貨は現地到着後に円(又は米ドル)から両替することが多いですね。

仮想通貨なるものが出回っていますし、この先は外貨両替のニーズや機会は大きく減っていくでしょう。 金融機関としても民間企業である以上は利益を出すことを迫られますし、環境変化に対応しなければなりません。 遠くない未来、現地での決済手段も変わっているのでしょうね。 私が理解できる範囲(時期)に海外に出かけておくのが良いのかも知れません。

資金調達

ずっと以前に書いた記憶がありますが、十把一絡げで金融機関と言っていますが国内には様々な金融機関があります。 銀行、信用金庫・信用組合、商工中金・日本政策金融公庫など政府系金融機関まであります。 これらは其々根拠法なるもので定義付けられています。 営業テリトリー、貸出金の制限、提供できる金融商品など縛りがあります。

今、金融機関は業務の見直しを迫られているようですが、巷を賑わせている事業再構築などという単純な話しではなく、新しい概念・システムの出現に存在自体を脅かされているようです。 そもそも金融機関は、法人や個人がスムーズに生活・活動できる為のお金に関するインフラを半ば独占的に提供して収益を上げていましたが、それが崩れ始めています。

他方、事業用資金を受けている企業からしても、突然の金融機関からの様々な提案に驚くことがあります。 今までは大まかに金融機関同士で縄張りがありましたが、最近では「仁義なき戦い」の様相です。 中央銀行(日銀)のマイナス金利のせいにする金融機関もありますが、グローバル化の影響の方が遥かに大きいです。 更に言えば、前述の新しい概念・システムの出現が最大の理由でしょうね。

先様のことは横に置いて、市井の一企業としては資金調達は最重要課題です。 金利水準だけでなく、安定的に調達できるか否かが決め手です。 目先のことだけでなく、先々の環境変化に対し、親身に相談に乗ってくれるかどうかが大切だと思っています。

ベロコ

今日のタイトルは瀬戸内(香川や岡山)沿岸に住んでいる人しか解らないと思います。 ベロコとは、キュウセンやベラと呼ばれる熱帯魚に似た模様を持つ磯魚の小さなサイズを指します。


私自身も高松に移る前はベロコとは何ぞいや?といった感じでした。 白身の魚で、素焼きにして三(二)杯酢に付け置きしてから食べると最高です。 首都圏に移ってからは見たことも食べたことも無いのですが、春から夏に掛けて美味しい魚でしたね。

先日、たまたま岡山出身の方と話が弾み、ベロコの三杯酢で盛り上がりました。 日本列島は南北、そして東西にも長いので、食べ物も地方によって大きな差があります。 ので、私が知らない魚介(東北・北海道原産など)も多いです。 ホッケやホヤなどは四国では売っていませんでしたから。

首都圏に長く住んでいると関東や東日本の食材や魚介類に馴染むのですが、脳には昔食べた食べ物の味が明確に残っています。 口が卑しい私だけかも知れませんが、故郷の食べ物が話題に登ったり紹介されたりすると嬉しくなりますね。

年末年始(帰省)

今日は月末でしたので定例の金融機関廻りを済ませて来ました。 どうしても窓口やATMで片付けなければならない用事があり、出かけることになります。


外出中に気付いたのですが、JRの「みどりの窓口」はどこも盛況でした。 小雨が降るし、寒い日ですが長蛇の列です。 年末年始の新幹線など予約する人たちでしょうか?

旅行の目的は様々でしょうが、故郷や子どもさんが居るところに出かけるのは楽しみでもあるし、苦痛かも知れません。 それでも待っていてくれる人がいる場所があるのは有り難いことだと思いますね。

私の場合、故郷には墓参りと父に会う為に帰省するわけで、盆や正月の混雑するときは避けます。 基本、春と秋のお彼岸前後です。 切符も取り易いし、何より気候が穏やかですからね。 いつ帰っても父は喜ぶし、お墓に入った母も喜んでくれるものと解釈しています。

来年だけは暑くても命日にあわせて帰省する必要があります、母の十三回忌法要ですから。

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